こばとの日記帳

読書・アニメ・おでかけ・もろもろの雑記です

地獄少女とパラノイア

いっぺん死んでみる?

 

いっぺん死んでみれるのなら

死んでみてもいいと思う
「死」についてわかれば宗教というものも変容していくに違いない
現世利益に転ぶのか来世利益に転ぶのか
それはみてからのお楽しみなのだろうが
きっと人間は何かに縋る生き物なのだろう

 

そんな事を考えながらアニメをみている

 

 

地獄少女とは

 午前零時にだけアクセスできる地獄通信がある

そこに恨んでいる人の名前を書きこむと

目の前に地獄少女閻魔あいが現れる

依頼主との契約が成立すると閻魔あい

標的となった人物を地獄へ送る

 人を呪わば穴二つ

呪った人間も死後地獄へ落ちる

 

 

 物語の1話と2話では

周りの人たちの意見は耳に届かず

思い込みが激しくなり自分の世界が変容していく

ってこんな物語どこかで読んだと思ったら

トマス・ピンチョンの競売ナンバー49の叫びだ

 

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

 

 

これは主婦のエディパが昔付き合っていた大富豪に遺産処理執行人に

指定されていることを知り

弁護士とともに遺産を調べ始めたが

やがて謎の闇郵便組織トリステロの存在を発見する物語

 

結局トリステロはあったのか

ハッキリしないのだが

主婦のエディパはこの闇組織にとらわれていく

この本がピンチョンの入門書に良いとの噂もあるけれど

これが入門書ならこれ以降読める気がしない

なかなか複雑な物語なのである

私も読み切れた自信は全くない

 

不安や恐怖の影響から自らを非難されているととらえるパラノイア

現代では国家規模でおこなわれている気がする

イギリスのEU離脱に始まりアメリカそして最近は

幸せの国と思われたオーストラリアまでもその現代病にかかっている

自らの国を守りたいとう気持ちはわかるけど

だからといって周囲を排除という考えは安易にすぎないだろうか

 

自らを守りたい だから 周りを犠牲にしてもよい

それは閻魔あいとの契約で赤い糸をひくのと同じ行為だ

全ては対人関係の恐怖と自己肯定の低さが原因ではないだろうか

対人関係は全世界の人間が自分と同じでなければうまくいくはずはない

そこをやりくりしていく術こそが人なのだろう

 

地獄少女を見ながら対人関係の難しさと

周囲が見えなくなった人間の恐ろしさを感じる