こばとの日記帳

読書・アニメ・おでかけ・もろもろの雑記です

【読書】MORI Magazine

 

MORI Magazine

MORI Magazine

 

 

 

エッセイ・人生相談・対談・座談会などを盛り込んだ森博嗣さんの雑誌という名の本

 

100の講義シリーズは未読ですが

クリームシリーズはぼちぼち読んでいるくらい

エッセィよりは小説重視になっていて

S&Mシリーズ→Vシリーズ→四季シリーズ

と来て現在Gシリーズに突入した次第

そして現行のWシリーズを読んでいる状態です

 

先生曰くエッセイやブログを読む人と

小説を読む人にわかれているようだと

何故わかれるのかは不明ですが

私もどちらかといえば小説によっています

しかしこの本は面白かった

 

インタビューも人生相談も身も蓋もないという言葉を体現していらっしゃいますね

森先生が対談なんて珍しいと思いきや

架空の人たちと対談されてた…

さすが小説家

騙されたよぉと編集後記を読んで思いましたが

余りにも先生とのやりとりがリアルだったもので本当にされてるのかと思ってました

気持ちよく騙されました

 

 

『周囲の大人がマイペースの邪魔をする』という対談は共感しました

マイペースで生きるのが子供なんだけど

最近はスマホでも繋がってるし

大人が子供をマイペースにさせず

子供はマイペースを習得しないまま大人になる

…と周りを気にしてしまう大人が出来上がるというお話しです

 

大人は自分達の時間や価値観で子供を縛りがち、その方が楽ですからね

なので子供の好きな事を目一杯させてあげてる親を見ると辛抱強いなぁと感心します

大人も我慢出来なくなってるんじゃないかな

大人に余裕がないから子供にもうつっちゃう

という気がいたします

 

 

『知らないからわからない、という思想が文系的。』についてのエッセイは救われた思いです

 

文系のテストは「知っている」ことが問われる

なのでそれがあたかも「知識」であると思い込む

そうなると「知らない人」を蔑んだり

「知らないこと」を恥ずかしく思うんだよ

というお話し

 

そうです、知らないと恥ずかしいです

今はもうそんな事は少なくなったけど

若い頃は知らないことが恥ずかしかった

「知らない」と「理解できない」はイコールではないと言われて楽になりました

 

この雑誌は年に一度のペースで発行される予定

 

よろしいんじゃないでしょうか

(言ってみたくなります)

 

『正解するカド』はゆっくり進んだ『幼年期の終わり』だった

 

2017年4月~6月に放送されたアニメ『正解するカド』と

1953年に発表されたイギリスのSF作家アーサー・C・クラーク

幼年期の終わり』がほぼほぼ似ていたというお話しです

 

 

 

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

 

 

幼年期の終わりのあらすじ

 

ある日世界各国の首都上空に円盤状の宇宙船が多数出現

宇宙船を代表するカレルレンは国際連合事務総長ストルムグレンを通じて

地球を支配していく

やがて国家機構は解体

生身の姿を見せないカレルレンだったが50年後に見せると約束する

そして50年後姿を公開したカレルレンの姿に人々は衝撃を受けるが

その姿を受け入れていく

宇宙人(オーバーロード)との共存に反対しているジャンは

彼らの母星に密航する

芸術家たちの島に移り住み子供を育てていった一部の芸術家は

やがて子供達の異変にきがつく

次々と進化していく子供達は親との意思疎通を拒むが

オーバーロードとは感応していた

オーバーロード達の目的は新しい人類を作りだし

彼らを連れ去ることだと判明

80年後密航したジャンが地球に帰還

変わり果てた地球にのこされた最後の一人として

滅亡の様子を語る

 

 

 

正解するカドのあらすじ

 

羽田空港に離陸しようとしていた旅客機の上に

突如謎の立方体が出現

乗員252名の命を救う為政府は思いつく限りの事を試みるが何も反応せず

戦車を持ちだすも無駄に終わり絶望しかけていた時

旅客機の乗員で外務省首席事務官の真道幸路朗(しんどう・こうじろう)

とヤハクィザシュミナと名乗る存在が現れる

異方からやってきたヤハクィザシュミナはこの立方体をカドとよんだ

日本政府との直接交渉をのぞむヤハクィザシュミナに日本政府は

国際交渉官の徭沙羅花(つかい・さらか)を選ぶ

 

やがてヤハクィザシュミナは電力を異方から好きなだけとりだせる<ワム>

睡眠をする必要がなくなる<サンサ>

異方を介して宇宙を操作する<ナノミスハイン>を提供していく

やがて人類を異方に送ることがヤハクィザシュミナの目的だと明らかになる

真道を異方へ連れて行こうとするヤハクィザシュミナと

それを阻止しようとする徭沙羅花との間で戦いがはじまる

 

 

 

この二つの作品のラストは大きく異なります

宇宙人からの高度な技術を受け入れ子供達を連れ去れら

地球が滅亡してしまう『幼年の終わり』に対して

同じく高度な技術を受け入れたにも関わらず

異方へ連れていかれることを拒み戦い

最終的に異方からの技術を手放すことになる『正解するカド

 

しかし冒頭から人類のものではない強大な物体が出現したり

超高度な技術を与えらえたり

人類を奪い去ろうとしたり

大枠がそっくりなのです

 

まぁ一番違うところはオーバーロードとヤハクィザシュミナの容姿かも

オーバーロードは角やしっぽが生えていて

それはまるで悪魔を連想させる存在だったのに

ヤハクィザシュミナはイケメンってことかな

 

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50年後、80年後と時間が進んでいく『幼年期の終わり』でしたが

正解するカド』はそれほど長いスパンでの物語ではありません

日本の上空のみに出現したカドや日本政府に与えられたワムを巡って

国際連合は恐ろしすぎる技術を日本から取り上げようとしますし

国家間の争いというものが視野にはいってくる流れになっていて

SFだけど現状がリアルに感じました

 

便利とはいえ一足飛びに技術が進歩する怖さや

手にしたものを手放す決断というのも考えたり

ただラストをもう少しうまく処理してもらいたかったという希望のみ

残りました

もう少し早めに助っ人がくればよかったんじゃないかと

 

もしSFに興味があれば見てみて下さい

 

 

 

 

 

 

 

算数が好きになる方法っていうか、いい点をとってほしいんだよね?

 

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うちの子はどうやったら算数が好きになるんだろう?

と何故私に尋ねたのかはさておき

 

算数が好きになって欲しいのか

たんに点数をとってほしいのか

その辺りは違うのではっきりさせておきたいと思ってしまいます

 

好きな科目とよく出来る科目が違うことも多々あるわけですが

お母さんにしたら良い点とって欲しいというのが本音でしょう

よい点をとれるようになれば好きになる事もあるので

そこが最終目的になりますか?・・・お母さんの

 

 

 

 

さて

良い点をとる方法はいろいろな場所で書かれているのですが

よく言われているのは反復練習ですね

 

計算問題はひたすら反復

文章問題も反復

 

だたし文章問題で何を問われているのかわからないのなら

それは国語力不足なので読書や文章を書くなどの

語学の底上げも同時にしましょう

 

この辺りは結構知っている親御さんも多いと思います

 

 

 

 

それでは一つ文系の私からアドバイスをさせて頂きます

 

 

おたくのお子さん、算数も暗記してない?

 

 

理系の方々は意外に思われるかもしれませんが

文系の人の中には数学さえ覚えようと無意識にする人がいるんです

算数や数学は道理を覚えて解いていくんですが

覚える事で点数を取る国語や社会を中心にしている文系は

それと同じ方法をとろうとしてしまいがち

 

公式を暗記したあとは文章題のパターンまで覚えちゃいます

なので応用がききません

 

 

もし暗記で算数をクリアしようとしているお子さんがいたら

そもそもが間違えているので

道理をしっかりと理解するところから始めてはいかがでしょうか?

 

 

 

 

流行英語尽くし

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1887年、絵師の綱島亀吉によってつくられた英語を学べる木版画

 

見てみると結構面白いです

 

 

 

 

Song が「浄瑠璃」だったり(当時は歌という単語はなかったのかな)

Looking Moon なんて「いい月だ」って感想やし

Goat は「羊」になってますね

Grandmother は「祖母」なのに

Grandfather は「隠居」なんですね

 

意外と知らない単語もあったり

 

Shampooerってシャンプーじゃなかったのね「かたもみ」だった

Almanacは初めてききました「柱暦」ってかいてありますが

カレンダーとは違うのかな。。

 

昔の文字も読む練習になるので

絵がついてる版画あたりが勉強するのにちょうどよいのではないかと

最近になってきがつきました

双六とかも面白そうなので探してみようかと思います

 

 

文明開化の音がしていた時から

日本人は英語をなんとか覚えようとしていた様子

当時の日本人の識字率が高い故に

このような木版画も作って売れたことでしょう

 

寺子屋は主に天保年間に増加し

幕末の頃には全国で1万を超える寺子屋があったといわれています

普及し始めたのは18世紀頃らしいので5代将軍徳川綱吉の御世でしょうか

生類を憐れむだけではなく武断政治から文治政治への転換を考えていた綱吉公は全国に藩校をつくって儒学を取り入れたことでも有名です

どうしても犬公方のイメージが強くて

ちょっと残念な気がします

 

あぁあとはマザコンの印象も・・・

 

どちらにせよイメージよくない将軍ではあります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洋画を字幕でみるか?吹き替えで見るか?

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子供さん連れの方は吹き替えの方が多いと思いますが

 大人の方はどちらを観に行くのでしょう?

 

 

 

 

映画で吹き替え版が上映されるようになったのは一説には

 『ハリーポッターと賢者の石』(2001年)からだそうです

 

私の子供の頃は吹き替え版の洋画なんてなかった為

 小学生の頃は漢字が読み切れず断念

 テレビで放送される時のみ吹き替えになってました

 

 

 

 

そもそもミニシアター(単館)系を好んでいたため

 吹き替え版が存在しないとうこともありますが

 個人的には洋画は字幕でみます

 子供のころからの慣れというのもありますが

 声優さんのお芝居が

 俳優さんのお芝居の上に重なってしまう気がするのです

 好きな声優さんはいますが

 その声優さんが出てるから洋画を見るということはありません

 作品本位なのはアニメも映画も同じです

 

 

吹き替え派の方は字幕がでるスペースの映像がちゃんと見れることと

 耳からの集中と眼からの集中にわけることが出来るのがメリットかな

 特に専門用語が多い作品ですと

 字幕の漢字を読むのに苦労することもあります

 

しかし、字幕を見慣れている人は

吹き替え版も問題なくみれますが

普段吹き替え版を観ている人は 字幕は観れないと聞いたことがあります

字幕のスピードについていけないんですよね

あれは完全に慣れですので・・

 

 

 

 

最近ではめまいが頻発する為

 映画や観劇という密室で暗い場所が苦手になってしまいました

 故にあれだけ大ヒットした『君の名は』も『この世界の片隅に』も

 観ていません

 

 

 

今後観たいと思っている映画は二つありますが

どちらもアニメなので吹き替え関係ないです

最近アニメも劇場版が増えてきて気が付けばここ数年

映画といえばアニメしか観ていないような気にもなります

 

映画館は映画を純粋に観るよりも

ライブビューイングに行く方が多いという人もいるのではないでしょうか

 

お正月に映画館の最後尾で立ち見をしていた頃を懐かしくも感じます